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DATE: 2012/09/03(月)   CATEGORY: 随想録
「美」という意思
 「美とはその実、人間の管轄とは無関係に存在している……」と思う瞬間があります。
 人間の精神・肉体から遠くはなれた場所でひっそりと、脈々と、人間の美を管理している……と。

 美には「意思」があるのではないでしょうか。

 それは、人間側の「美への意思」という意味ではなく、「美」が人間を傀儡のごとく動かしている、主語が「美」である世界がこの世に平行して存在している……としか思えない瞬間があります。

 今夏鑑賞した《世界バレエフェスティバル》……世界の傑出した舞踊手が同じ舞台に立つという希有な公演、それは私が申すまでもなく、本当に素晴らしいバレエの競演でした。

 しかし、その中にたったひとり、「美」の意思によって舞台をつとめているとしかいいようがない程に、まったく別の場所からの光によって照らされている舞踊手がいらっしゃいました。

 バランシン振付作品《ジュエルズ》の「ダイヤモンド」を踊られた、大露西亜の至宝たるウリヤーナ・ロパートキナさんその人……

 気が遠くなるような長き年月を旅してきた美の意思が、遠雷のごとき深い響きを伴って、ロパートキナさんの身体を擦過してゆきました。舞台には、ロパートキナさんという個人の境界線を超えて、「時」とか「歴史」「遺産」と呼ぶべきものが燦然と存在していました。

 美の意思はとてつもない力を孕んでいるに違いありません。美を受け入れられる強靭でしなやかなたましいの器を持つ人は、人間界にはほとんど存在しないのかもしれません。

 美に見初められた人は、究極的な意味ではこの世に居場所を見いだせないのかもしれない……そんな哀感に胸が詰まりました……。




《瀕死の白鳥》ウリヤーナ・ロパートキナ
 

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